この記事を書いた人
丸山 拓人
LifeDesign Office 代表/FP2級技能士・証券外務員一種
得意分野:資産形成・資産運用/経営者の退職金・老後資金対策/個人・法人の保障設計
変化の大きい時代だからこそ、お金に確かな見通しを。 不安を減らし、次の一歩を踏み出せるように。
この記事について
医療法人化は節税策というより、診療所のお金の「持ち主」を個人と法人に分ける決断です。税率の仕組み、資金の引き出しにくさ、役員退職金、持分なし医療法人の残余財産、社会保険、承継まで、判断前に整理したい論点を解説します。
診療所の経営が安定してくると、「そろそろ医療法人化を考えてはどうか」という話を耳にする機会が増えるかもしれません。そのとき多くの先生が最初に気にされるのは、税負担がどう変わるかという点です。
ただ、医療法人化は「税負担を下げる方法」というより、診療所のお金を個人と法人に分ける仕組みの変更です。法人に残したお金は、院長個人が自由に使えるお金ではなくなります。税務の損得と合わせて、生活設計への影響を整理しておくことが、判断の材料になります。
また、役員退職金・事業承継・解散時の残余財産の行き先など、法人化の影響は長い期間にわたって表れます。「入口(今の税負担)」だけでなく、「出口(退職・承継・相続)」までを一つの流れとして見ると、自院に合うかどうかを考えやすくなります。
本記事では、医療法人化を考え始めた個人開業の先生が、専門家に相談する前に頭の中を整理しておきたい論点を順にまとめます。
※税率・制度は2026年10月時点の情報です。記事中の税率は国の税金(所得税・法人税)の部分で、住民税などの地方税は含みません。
個人開業の場合、診療所の収入から経費を差し引いた利益は、そのまま院長個人の事業所得になります。診療所のお金と家計のお金は、最終的には同じ「院長個人のお金」です。
医療法人化すると、この構造が次のように変わります。
| 項目 | 個人開業 | 医療法人 |
|---|---|---|
| 診療所の利益の持ち主 | 院長個人 | 医療法人 |
| 院長が受け取るお金 | 事業所得(利益そのもの) | 法人から支払われる役員報酬・役員退職金など |
| 課税の仕組み | 所得税(個人) | 法人の所得には法人税、院長の報酬には所得税 |
| 社会保険 | 従業員数などによって適用が異なる | 法人の事業所として強制適用 |
つまり、法人化後の院長は「法人から報酬を受け取る役員」という立場になります。ここが、以降のすべての論点の出発点です。
所得税は「超過累進税率」という仕組みで、所得が増えると、その増えた部分により高い税率がかかります。税率は段階的に上がり、課税される所得のうち4,000万円以上の部分には、最も高い45%がかかります(国税庁「No.2260 所得税の税率」)。
また、所得税には「復興特別所得税」が上乗せされます。対象は平成25年分から令和29年分までで、原則として所得税額の2.1%です。令和9年1月1日以後の所得からは、これが1.1%に下がり、代わりに「防衛特別所得税」(1%相当)が加わります。
中小法人(資本金・出資金が1億円以下など)の法人税率は、1年間の所得のうち800万円までの部分が15%、800万円を超える部分が23.2%です(国税庁「No.5759 法人税の税率」)。
ただし、800万円までの部分の15%は期限付きの特例で、今後変わる可能性があります。また、医療法人(特に持分なしの法人)にこの区分がどう当てはまるかは、税理士に確認しておきたい点です。
個人の最高税率と法人税率を並べると、法人のほうが低く見えます。しかし、この数字だけで「法人のほうが有利」と判断するのは適切ではありません。理由は次のとおりです。
比べるべきなのは、「法人の税金+院長の報酬にかかる税金+社会保険料+地方税」の合計です。しかも1年だけでなく、数年単位で見るのが基本です。この試算は、ご自身の数字をもとに税理士と行うのがよいでしょう。
法人化を検討するうえで、実は税率以上に生活へ影響しやすいのが資金の流動性です。
個人開業のときは、診療所の利益をそのまま家計の資金として使えていた先生も多いと思います。法人化後は、家計に入るお金は基本的に「役員報酬」の範囲になります。次のような支出を、役員報酬の手取りでまかなえるかを確認しておきましょう。
法人に利益を多く残すほど、個人の手元資金は少なくなります。「法人にどれだけ残し、個人にどれだけ渡すか」は、税負担と生活設計の両面から決める必要があります。
法人に蓄えた資金を院長個人が受け取る代表的な方法が、役員退職金です。退職金は、ほかの所得とは分けて、独自の方法で税金を計算します(国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」)。
基本の考え方は、次の2ステップです。
税金の計算の対象 =(退職金 - 退職所得控除額)× 1/2
退職所得控除額は、勤続年数が長いほど大きくなります。勤続20年までは1年につき40万円(最低80万円)、20年を超えた分は1年につき70万円が加わります。たとえば勤続15年なら、40万円×15年で600万円です。
① 勤続年数は「役員になってから」が基本と考えられる
医療法人の役員としての勤続年数は、原則として法人の役員になった時から数えることになると考えられます。個人開業していた期間が含まれるかどうかは個別の判断になるため、税理士への確認が必要です。仮に役員になった時から数える場合、たとえば50代で法人化すると、役員としての勤続年数が20年を超えないケースも多く、控除額は「1年につき40万円」の区分で考えることになります。
② 役員としての勤続年数が5年以下だと「半分」にならない
役員等としての勤続年数が5年以下の人が受け取る退職金(税務上「特定役員退職手当等」と呼ばれます)には、「半分にする」計算が使えません。退職金から控除額を差し引いた額が、そのまま税金の計算の対象になります(国税庁「No.1420」)。法人化してから短い期間で退任する予定がある場合は、特に影響が大きくなります。
③ 法人側で経費にできるかは別の問題
受け取る側の税金とは別に、法人が支払う役員退職金を経費(損金)にできるか(金額が高すぎないか等)という論点があります。これは個別に税理士へ確認が必要です。
退職金は「出口」の重要な選択肢ですが、税負担がかからないわけではありません。受け取る時期・勤続年数・金額の考え方によって結果が変わるため、法人化の時点から長期の見通しを持っておくことが大切です。なお、退職金の税制は改正される可能性があります。
平成19年(2007年)4月1日以降に設立の認可を申請する医療法人は、財団である医療法人か、社団である医療法人で持分の定めのないものに限られています(厚生労働省の通知)。
つまり、これから法人化する先生が作るのは、原則として持分なし医療法人です。出資した分を「持分」として払い戻したり、相続財産として家族に引き継いだりする考え方は使えません。
持分の定めのない医療法人が解散するとき、残った財産(残余財産)の行き先は、国・地方公共団体、または医療法施行規則で定める者の中から選ぶことになっています(同通知)。医療法人が営利を目的としないことを徹底するための仕組みです。具体的な帰属先の範囲は、定款や最新の法令で確認が必要です。
ここは誤解の多い点です。法人に残した財産は、最終的に院長個人やご家族に戻るものではありません。法人の内部に資金を厚く残すことは、法人の経営の安定にはつながりますが、個人の資産形成とは別のものとして考える必要があります。
この性質を踏まえると、「法人に残すお金」「役員報酬として受け取るお金」「役員退職金として受け取るお金」の配分を、長期の視点で考えることの意味がより明確になります。
法人の事業所は、事業主のみの場合を含めて、健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所(必ず加入する事業所)となります(日本年金機構)。医療法人も法人の事業所として扱われます。
一方、個人の事業所は、常時5人以上の従業員を使用する場合に強制適用事業所となります(農林漁業・一部のサービス業などを除く)。
そのため、法人化による変化の大きさは、現在の加入状況によって異なります。
社会保険料は法人と個人の双方に負担が生じるため、前述の税負担の試算とあわせて確認しておきたい項目です。
法人化を機に、配偶者などのご家族を役員や職員にすることを検討される先生もいらっしゃいます。このとき大切なのは、実際の役割と報酬が見合っているかという点です。
家族への報酬は、税負担の配分だけを目的に決めるものではありません。役割の実態に基づいて設計することが前提になります。
お子さまなど、将来診療所を継ぐ可能性のある方がいるかどうかは、法人化の判断に影響する要素の一つです。
これから法人化する先生には直接関係しませんが、親族がすでに持分あり医療法人を経営している場合などの補足情報として、認定医療法人制度にふれておきます。
持分あり医療法人が持分なし医療法人へ移行するための認定医療法人制度では、令和11年(2029年)12月31日までに移行計画の認定を受ける必要があります。また、すでに相続が発生していて納税猶予等の適用を希望する場合は、税務署への申告期限(相続の発生から10ヶ月以内)までに認定を受ける必要があります(厚生労働省)。制度の期限は延長・変更されることがあります。
該当する場合は、期限だけにとらわれず、移行することの意味をご家族や専門家と十分に確認したうえで検討することが大切です。
ここまでの内容を、一般的な観点で整理すると次のようになります。どちらに比重があるかは、先生ご自身の状況によって変わります。
| 観点 | 考えられるメリット | 考えられるデメリット・注意点 |
|---|---|---|
| 税負担 | 所得水準や報酬設計によっては、全体の税負担が抑えられる可能性がある | 地方税・社会保険料を含めると、想定ほど差が出ない場合もある |
| 資金の流動性 | 経営のお金と家計のお金が明確に分かれる | 法人に残したお金は自由に引き出せない。配当はできず、役員報酬も年の途中で変えにくい |
| 退職・出口 | 役員退職金という受け取り方を設計できる | 役員としての勤続年数が5年以下だと、「半分にする」計算が使えない。法人側で経費にできるかは別途確認が必要 |
| 残余財産 | 法人として経営基盤を残せる | 持分なし医療法人の残余財産は、個人や家族に戻らない |
| 社会保険 | 院長・職員が健康保険・厚生年金に加入する体制になる | 法人・個人双方の保険料負担が変わる可能性がある |
| 事業承継 | 法人として診療所を引き継ぐ選択肢を持てる | 後継者がいない場合の出口を別途考える必要がある |
| 手続き・運営 | 組織としての運営体制が整う | 設立に都道府県知事の認可が必要。設立後も法人としての運営ルールに従う必要がある |
税理士やFPなどと相談する前に、次の項目をご自身で整理しておくと、検討がスムーズになります。
医療法人化は、税負担の比較だけで決めるものではなく、お金の持ち主を個人と法人に分ける決断です。
法人化が合うかどうかは、所得の水準、家族構成、後継者の有無、ご自身の資金ニーズによって変わります。一般論の損得だけで決めず、ご自身の数字で検討することが大切です。
ご注意
参考(2026年10月時点)
ライフデザインオフィスでは、開業医・医師の先生方の家計と資産全体を見渡すご相談をお受けしています。医療法人化そのものの税務判断は顧問税理士の先生と進めていただくことを前提に、FPの立場からは、法人化した場合の家計の資金の流れ、教育費や老後資金の見通し、退職時期を含めた長期のライフプランの整理をお手伝いしています。考えを整理するきっかけとして、必要なときにご活用ください。
この記事を書いた人
LifeDesign Office 代表/FP2級技能士・証券外務員一種
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